ミヤギノハギ ・・・ 秋の七草がきれいに咲いた

080913001.jpg 花は春だとばかり思っていた。秋は、実りの秋だから・・・。ところが、夏でも、冬でも、もちろん秋でも花は咲く。庭に咲いた萩の花がきれいになった。

 久しぶりに写真でも撮ろうかと思って近づいた。すると、ミツバチが花の周りを飛んでいた。あわてて、携帯電話のカメラを使ってシャッターを切る。ハチはじっとしていない。まるで赤ん坊のように、あちこち飛び回る。昆虫は、同じ場所にとまる性格がある・・・と聞いたことがあった。だから、一度とまった花のところで待ち構えていた。しかし考えてみると、ミツバチは花の蜜を求めて飛び回っている。一度吸った花には、戻ってこなかった。

 結構無理をしてシャッターをきる。いくつか写した中で一番まともなものが、コレ。白い壁の前の、一番右側の花に、ミツバチがとまっているのがわかりますか?・・・かなりピンボケ。なにしろ、ミツバチは1秒と同じ花にとまっていない。手ぶれを抑えるためにどうにか携帯電話を固定して、息をこらしてシャッターを押す・・・2秒はかかってしまう・・・え~っい、いまいましい。まっ、携帯電話のカメラだから・・・と、自分を無理に納得させる。


  う~ん、萩の花にきれいさを写し撮るための新しいデジタルカメラがほしくなってしまった(^_^;)

復旧から復興へ・・・市民協働って、これかな

080907001.jpg 岡崎豪雨水害防災ボランティア支援センターの活動が、9月7日にいったん幕を閉じた。今後は、岡崎市社会福祉協議会が引き継ぎ、復旧支援活動を継続していく。8月29日に開設された防災ボランティア支援センターには、のべ2000名を超すボランティアとのべ450名を超すボランティアコーディネーターが参加した。

 多くの皆さんの力で、9割以上が復旧したと思う。しかし、10日たっても、畳をあげ、床下の片付けや家具の片付けなどのニーズが上がってくる。取り残されている人たちがいるんだ。取り残されているのは、たぶん独居老人だったり、病気に苦しんでいる人たちだったりする。そういう人も、以前の生活を取り戻してほしいと願うのは、私ひとりではない。これからも、「ひとりじゃないんですよ、お手伝いしますよ・・・」という活動が必要だ。

 実は、そういう活動につながる「被災者相談会」を、やっとの思いで開催した。9月6日の朝、岡崎市在住の行政書士のISO先生が支援センターを訪問。岡崎青年会議所のKAWさんと一緒に打ち合わせた。3人で、伊賀町にあるサテライト支援センターに行き、総代さん(町内会長さん)を訪問。解をいただき、相談会の場所を確保。早速チラシを作成。サテライト支援センターのミニ喫茶コーナーで配布。総代さんにお願いして被災者の方に配布した。

 その甲斐あって、7日の17:00から20:00までの3時間で、11組の方が相談にきた。写真は、相談している方にお断りしてISO先生が撮影したもの(ちょっと拝借します)。市からの説明会だと思ってやってきた人や、詐欺まがいの訪問者のことを確認しに来た人もいたが、相談される方はみな真剣だ。みなさん、これからの生活への不安を抱えている。相談を終え帰る時には、みな微笑んでいた。

 ・・・あ~、やってよかった

 この相談会は、これまでの家財道具の後片付けなどの復旧支援活動とは違っていた。復興支援活動といえるのではないだろうか。復旧活動から復興活動への転換点だったかもしれない。ISO先生やKAWさんの、お互い様という思いやりの心が、復興を進めるパワーとなる気がする。これはもう、市民が協働して行う立派な「市民協働」じゃないだろうか。


  お互いさまと思いやりが、市民協働の原点なんだ・・・

災害救援サテライトボラセンが伊賀町で活躍

080904001.jpg 9月2日に、今回の岡崎豪雨災害で最も被害の大きかった伊賀町と元能見町をサポートするために、伊賀町にボラセンのサテライトができた。ちょっと雨が降っていたのと、撮影したのが携帯電話だったので、なんとなくボヤ~ッとしてます。ボランティアさんがボヤ~ッとしているわけではありませんので・・・(^_^;)。

 実際に現場近くにサテライトを設けて活動してみると、いかにニーズが福祉会館にあるボラセン本部に届いてないかがよくわかる。実際に首まで水につかった人たちは、テレビは駄目になっているし、電話は不通になったまま、携帯電話も水につかって新しく買いなおしたので電話帳がパーになっていて、かけられない状況。だから、ボラセンに電話してくださいと言っても「何を言ってるの」って具合だったりした。そんなところに、とりあえずサテライトを・・・ということで、伊賀町と元能見町を対象にしたサテライトが立ち上がった。

 サテライトでは、周辺のお宅を回りながらニーズを掘り起こす。出てくるは、出てくるは。ニーズの宝庫みなたいなものだ。サテライトにいて周囲を眺めると、復旧の進み具合がまだらになっていることもわかった。ほぼ8割は復旧が進んでいる。しかし、取り残されているお宅もある。大体において、老人の一人暮らしだったりする。何もできずに、湿った畳の上にブルーシートを引いて寝ていた人もいた。取り残されている人に、どうやって手を差し伸べるのか・・・課題が残っている。


  復旧から復興への切り替わりのこのタイミングで、
  しっかりと考えなければならない問題だ。

すごいぞ、防災ボランティアコーディネーター

080830002.jpg 8月29日に岡崎豪雨災害が発生した。未明の豪雨だった。29日には、災害救援ボランティア支援センターが、岡崎社協の手で岡崎市の福祉センター内に立ち上がった。

 29日午前中は、名古屋某所で面・打ち合わせがあった。この日は、名古屋に出るのも大変だった。面談中に携帯が鳴った。岡崎に入った同僚の防災マドンナ・ミユッキ~からのコールだった。インターネットに接続するイーモバイルの端末を貸してほしい。詳しく聞くと、岡崎に災害救援ボランティア支援センターが立ち上がっているとのこと。それでは・・・と、岡崎に駆け付けた(とはいえ、3時間近くかかったけど)。

 29日、夜10ごろまでかかって、ボランティアセンターの骨格ができ、翌30日土曜日にボランティアさんを受け入れる準備を整えた。集まったのは、近隣の社協職員、災害ボランティアコーディネーターの会や、防災ボランティア団体のメンバーたち。

 すごかったのは、ここから。ミーティングでは、ニーズ受付、活動紹介票作成、活動紹介、マッチング、送り出し、資機材貸出、受け入れ、活動報告と、それぞれのコーナーの担当を決めただけ。それぞれの担当が、何をどうするのか・・・という説明はなかった。ちょっと心配。

 しかし、そんな心配は全く必要なかった。そりゃあ少しはトラブルはあったが、これが寄せ集めかと驚くほど、スムーズにセンターを運営することができた。30日の土曜日は駆け付けボランティアは70名ほど。31日の日曜日は400人、1日の今日は300人という人数をこなすことができた。

 これは、これまでに10年かけて災害ボランティアコーディネーターを育成してきたたまものだと思う。1000人を超えるコーディネーターが巣立っているとのことだった。この1000人が、同じ作業手順で動けることが・・・すごい!!すずきさんには、脱帽である。


PS:2か月以上休止していて・・・ごめん。この2か月、妙に忙しかった。最後の2週間は、特にめまぐるしかった。9月に入ったら、少しは・・・ブログを描く余裕が出てくるかな(#^.^#)。

緊急地震速報 ・・・ さすがにNHK

080614001.jpg 緊急地震速報を初めて見た。ニュースや練習の画面は、これまでちょくちょく見てきた。現実の緊急地震速報を、NHKの画面で見るのは、初めてだった。

 机に向ってメールを書いている時だった。「ピロピロピン」とテレビが音をたてた。もう一度「ピロピロピン」となった。・・・そういえば、緊急地震速報の音だったよなぁ・・・と思いながら、テレビのほうに振り向いた。「ピロピロピン」という音が鳴っている中、アナウンサーはニュースの原稿を読んでいる。しかし、画面いっぱいに緊急地震速報のウィンドウが開いている。・・・訓練かな?・・・と思ったとたん、アナウンサーが、持っている原稿を放り投げて(本当にそうしたかどうかはわからないけど(^_^;)「緊急地震速報が出ました・・・」としゃべりだした。

 ★現実なんだ・・・

 さすがにNHKだ。うろたえる表情を一瞬見せたが、その後は淡々と、緊急地震速報が出た時に流すべき内容をしゃべりだした。すごい。こんなに冷静に、瞬時に切り替えられるなんて、日頃の訓練がすごいんだろうなあ・・・と、感心した。写真は、一瞬うろたえた後、冷静にアナウンスし始めた時の表情だ。この表情から数秒して、画面の上のほうに地震発生を知らせるテロップが流れた。

 ★この数秒で、何人の人が難を逃れたんだろう・・・すごいぞNHK

 おっと、そういえば岩手県盛岡にいとこが住んでいるんだった。揺れが収まったころかな・・・すぐに携帯電話を入れた。1回目はつながらなかったが、かけなおすとつながった。電話に出たとたん「今すごかったんだよ!」と、あいさつそっちのけの声が返ってきた。「そう、どうだった?」、「今2階にいるんだけど・・・う~ん、まだよくわからない」。実は、いとこの家は前の地震の時、居間の天井の梁が落ちてきたという前科がある。心配になって電話をかけたわけだ。電話をしながら1階に移動したらしく、「あっ、大丈夫だわ」との返事に、ほっとした。そのあと、「ところで、何の用?」っていうから、「命があるのかどうか確認したんだ・・・」と答えた。「あっ、ありがとう、大丈夫よ」っという返事、けがもなさそうなので、電話を切った。


  う~ん、緊急地震速報って、こういうとこにも役に立つんだ(^_^;)

きれいな芝生の季節がやってきた

080607001.jpg 久しぶりに青年の家の2階の研修室から中庭の芝生をみた。写真を見てほしい。この季節の芝生はとてもきれいだ。左奥の木立の緑もかなり濃くなってきている。前を歩いている二人も、きっと気持ちよく歩いていることだろう。

 こんなにきれいな芝生には、ちゃんと「タネ」がある。毎日毎日の芝刈りだ。この時期、2、3日さぼると、あっという間に芝が伸びてしまう。毎日の芝刈りが必要にる。この青年の家の芝生広場が広いので、昨日はこの部分、今日はこちらの一角、明日はあそこあたり・・・と、計画的に芝刈りをしていかなくてはならない。

 もちろん、手作業などでは追いつかない。エンジンの付いた芝刈り機だったり、ゴルフ場のカートのような乗用できるタイプの芝刈り機だったり、そういったかなり大型の芝刈り機を利用しないと、とても追いつかない。きれいに刈り込んだ芝を保つには、それなりの手間が必要だ。こういった裏方の手間暇が・・・おっと、決して「暇だからやっている」んじゃないんだけど、変な日本語だなあ・・・かかっている。

 愛知県青年の家では、お客様には「来た時よりも美しく」という標語で、清掃などをお願いしている。しかし、それ以上にスタッフは、「次に来るときにはもっと美しく」を掲げて努力しているわけだ。こういったかくれた努力は、必ずきっと報われるだろう。芝生を歩いた二人からの「ありがとう」の一声で!


  ・・・あなたは、「ありがとう」と言われる隠れた努力が、どれほどできてますか?

多文化共生の現場・・・ここいちばんのメニュー

080604001.jpg 多文化共生という言葉が広くつかわれるようになってきた。旧来から言われてきた、いわゆる「国際化」と呼ばれる欧米への追いつけ・追い越せの発展途上国タイプから、在日外国人対応のように先進国として発展途上国支援タイプに、少しずつだったかもしれないがみんなの考えが進展してきた結果だと感じている。

 以前、スーパーのレジに「両替お断り」の表示が4ヶ国語で書かれていると、このブログでも話題にしたことがあった。今回、いつも行っている大好きなカレー屋さんで、7ケ国語表記のあるメニューを発見した。写真を見てほしい、小さな文字なので、わかりにくいかもしれないが、日本語、英語、中国語、韓国語、アラビア語(?)、ロシア語、ポルトガル語(?)で、「多言語メニューもご用意しております。」と書かれている。

 たしかに、1枚のメニューの中に7カ国語を入れようとすると大変なので、別途用意してあります・・・と書いて対応することが現実的な方法だ。もちろん、ほかの6ヶ国語分も、ちゃんと用意してあるだろう。それなりにコストもかかる話だ。このようなメニューを企業の責任において用意することが、とても素晴らしいじゃないか。地域の人々と、そこに住む在日外国人の人たちとのコミュニケーションを進めることが、多文化共生の原点であろう。それを、企業側が対応し始めたことが、なんとなくうれしくなってしまった。


  いっつもトークが、もっと使われるようになると・・・もっと、いいなぁ

市民フォーラム「わがまちのしゃべり場」に参加

080601002.jpg 昨年から、刈谷市市民との共存・協働推進検討委員会に、一般公募の委員として参加している。この委員会の目的は、刈谷市の市民との共存・協働条例策定。実際に委員会で条文を作成するわけではないが、条文の骨格を作ることになる。これまでに7回ほど委員会が開催され来た。

 委員会とは別に、市民活動などを行っている方々から、直接問題点や課題を聞くためのワーキングが組織された。もちろん、これも一般公募で集められた。そのワーキングのメンバーが主体的に動いて、市民フォーラム「わがまちのしゃべり場」が、6月1日開催された。市役所の担当者がするのではなく、自分たちのことだからとワーキングのメンバーがスタッフを買って出て準備を進めてきた。

 自分たちの問題を自分たちのこととしてとらえようと、市民フォーラム「わがまちのしゃべり場」に集まったのは119名だった。こんなにたくさんの人が集まってくるなんて、すっかり嬉しくなってしまった。私も集まった一人として、テーマ:地域のチームに加わって、たくさんのおしゃべりをしてきた。

 このしゃべり場、自分ごととして自分たちが何をできるかを考える人たちの集まりだった。クレーマーの集団ではなかった。そのことが、とても素晴らしかった。うれしかった。ワーキングのメンバーとも交流することができたし、しゃべり場に集まってきた人たちとも知り合うことができた。


  だから・・・、推進検討委員だから、もっと頑張らなくっちゃあ

遠方より、友来る

080601001.jpg 久しぶりに友人に会った。20年前に、早稲田大学のビジネススクールで一年間いっしょに学んだ batakechann から、先日電話があった。土曜日に刈谷に行くから、日曜日の昼間会おう。小山(栃木県)に帰る間の時間にあって話をしようということになった。昼飯を一緒に食べることにした(彼は、私が酒を飲めないことを知っているので、昼飯に誘ってくれた・・・と、思う)。

 待ち合わせの時間より少し早めについて、彼を待った。しばらく待っていると、後ろから声をかけられた。振り向くと、う~ん彼だった。ちょっと太って、ちょっと老けていた。・・・まあ、20年前のイメージそのままというわけにもいかないだろうが、数年前に会った時より、やっぱり少し太っていた。

 昼飯は和食がいい・・・とのことだったが、いってみたいお店が休みだったので、強引にスリランカカレーの店に誘った。私の大好きな店の一つだ。スリランカカレーの店に入り、カレーとナンに舌鼓を打った。かれも、うまいとほめてくれた。

 男同士が久しぶりに会って・・・何を話すんだろうと、はじめはそう考えていた。しかし、あっという間の2時間だった。何を話したのか、よくは覚えてない。しかし、結構楽しい時間を過ごすことができた。


  遠方より、友来る・・・ってのは、やっぱりうれしいゾ(#^.^#)
             ・・・でも、まあ2時間が限度かな(^_^;)

柿のみがふくらみ始めた

080531001.jpg 毎年のことだが、柿の実が膨らみ始めた。そういえば・・・と思って、このブログを「柿」で検索。すると、3年前の2005年6月19日に「あ!柿の実だ」というタイトルの記事があった。やっぱり、毎年毎年同じことが繰り返されるんだな・・・と、ちょっと感動・・・自分で言うのも変だけど。

 この写真を見てほしい。柿のヘタより、まだ実のほうが小さい。まだピンポン玉の半分くらいの大きさ。後ろに見えているのは、アジサイの花。アジサイも、柿の枝に陽が遮られているためか、きれいな色には色づいてない。ほかの場所にあって、陽の良く当たっているアジサイはすっかりときれいな紫・赤紫・青色に染まっている。太陽の光の恩恵が、こんなにも違ってくるんだ。

 前にも書いたが、この時期に柿の実を間引くと、秋の収穫がよくなるらしい。一つずつの甘味が増すというらしい。やってみようかな・・・。とはいえ、素人だからどうやってやってよいのかもわからない。もともと、この柿は甘柿。昨年の秋には、みかん箱いっぱいになるくらい収穫できた。だから、素人考えで間引きしなくても・・・いっかな(*^_^*)。本当は、面倒かも(^_^;)。

 自然の営みって、「飽きる」ってことはないのかな・・・?って考えてみた。もちろん「自然」がそんなことを考えることはないだろう。毎年毎年同じことを見ている「私たち」が飽きているだけなんだけど・・・。しかし、実はじ~っとよく見ると、毎年毎年同じってことはなく、経年変化もあるんだ。

 この毎年毎年少しだけだけど違っている部分、経年変化の部分がどれくらい読み取れるかで、次のステップをどう進んだらよいのかに気づくんじゃないだろうか。毎年毎年の中に埋没してはいないだろうか。どれだけ感度良く毎年毎年の中の小さな変化を感じ取っているだろうか。


  最近ちょっと自信がなくなってきた
  あなたは、ちゃんと感じ取れてますか・・・小さな変化が?

 

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